2014年10月6日月曜日

お見事トレヴ!!世界最強のレディに最敬礼!!


フランスの壁はやはりとんでもなく厚かった。昨年、あの日本が誇る3冠馬、最強の悪ガキ「オルフェ」と愛するダービー馬「キズナ」をアッサリ一蹴した牝馬トレヴの実力は本物だった。

今年は不振だとの下馬評もなんのその。アッと驚く目の覚めるような末脚を今年も繰り出し、並みいる世界の強豪を置いてきぼり。強い強い実力で36年ぶり、史上6頭目の凱旋門賞連覇を成し遂げたトレヴに怒りよりただただ脱帽。

このきゃしゃな牝馬が、しかも58キロという日本では牡馬顔負けの酷な斤量を背負って鮮やかに勝ち切ったんだから、多分日本から参戦した須貝調教師も松田博資調教師も口をあんぐり。目を疑ったことだろう。

世界は広いのだ。そして、サラブレッドの世界はまだまだヨーロッパ主導なのかもしれない。レディ「トレヴ」の鞍上で歓喜の涙にくれたジャルネ騎手。本当に本当に素晴らしい騎乗お見事でした。何だか悔しいけれど納得できる気がします。それ程二年続けて彼女の強さは強烈でした。今年も日本馬は惜敗などと言うレベルではなく完敗。

でも今年の凱旋門賞は日本のホースマンに様々な教訓を残してくれましたね。斤量も馬格も人気もすべて参考程度に過ぎないのです。本当に強い馬なら重い斤量を背負っても人気がなくても古馬でも牝馬でも勝つのです。馴染みの騎手と調教師とで、そこそこの状態でも勝たせてしまえるのです。2位も同じくフランスの牡馬フリントシャーだったこと。彼が59.5キロの斤量を背負っていた事(昨年のオルフェと同じ)などを考えればあれこれ言う必要はないのです。本当に強い馬は強い。小手先で何とかなるほど凱旋門賞は甘くないのです。

精神的なひ弱さから脱出せねば、、、すべてにおいて、、、、。凱旋門賞挑戦のみに限って考えれば、悪ガキ「オルフェ」がジェントルマン「ディープ」より好結果が残せたのは挫折の経験の蓄積と精神力が少し勝っていたからではないかと考えます。

日本のホースマンは終了と同時に来年のダービーと凱旋門賞挑戦を当たり前のスケジュールにしてください。人も馬も又来年に向けて頑張りましょう。トレヴのように、七転び八起きで、、、。

そういえば2位のフリントシャーは昨年、「フランスのエース」と言われた馬。でもキズナの後塵を拝していましたよね。めげずに又来年、ロンシャンにキズナとワンアンドオンリーを送りましょう。夢は見るもの叶えるもの。前田オーナーそしてノースヒルズの皆さん、夢の続きを期待していますよ。ご準備よろしく〜〜!!

追記コメントです。ジャルネ騎手の勝利インタヴューの言葉がとても気になりました。トレヴの勝因は勿論最高の牝馬だからですが、凱旋門賞を勝つために最も必要なことは戦術の立て方。その為には馬とロンシャン競馬場を熟知している事が必須条件とのこと。確かに彼は4度目の凱旋門賞勝利。最多賞のオリビエ.ペリエと並んだのでは??それに調教師も凱旋門賞3度目の受賞。戦術は中団のインで静かに脚をため、直線ではインからスパートし、加速して差をひろげ抜け出すプラン。何だか勝ち馬に共通している感あり。注目しましょう。










2013年12月23日月曜日

「ありがとう!!」そして「さようなら!!」大好きなオルフェーブル!!

有馬記念、ぶっちぎりの優勝、おめでとう!!君を送るには、ただ「おめでとう!!」と「ありがとう!!」という言葉しか出てこない。「悪ガキ」「やんちゃ」「暴れん坊」などなど、君を形容する言葉は主にスマートな形容ではなかったね。

でもねえ、そんな言葉に込められていたのは、君への深い深い「愛」。君の希有な個性も含めて大好きだったからこそ私も「茶髪の悪ガキ、オルフェ」と呼んでいたのよ。

しかしフランスでロンシャンの舞台に立った君は、金髪が見事に太陽に映え、バランスのとれた、スマートで、ハンサムで、エレガントな姿。ファッションの本場フランスでもこのエレガントさは抜けていた。そんな君を本当に「優雅な美を愛する日本の誇り」と鼻高々だったよ。

そんな外見美に似合わぬ「誇り高きサラブレッドの荒々しさ」。優雅さと激しさがマッチした「真の侍オルフェ」。君は誰かの思い通りになんかなるような、やわなサラブレッドじゃなかったね。いつも君の走りには「反骨心」が一杯で、「走るのは俺だ!!」という自己主張が透けて見えていた。

仕方ないよね。パパがあの「凶暴ステイゴールド」で、お爺ちゃんがあの「頑固メジロマックイーン」なんだから。池江調教師によればパパ、ステイゴールドは、肉をやったらがぶりと噛み付くと思える程の凶暴さ。未だに厩舎内でも人間を脅かし、唸っているそうな。お爺ちゃんのメジロマックイーンも「嫌だ!!」と思ったら調教馬場でも頑として動かぬ個性派。

良くても悪くてもそんな血の下に生まれた君の全レースを思い出しても、すべて君は君の心のままに走っていたように思える。「人間なんかに支配されねえぞ俺様は!!」という君の叫びが聞こえてきそう。

馬にも本当にあるんだね、高い高いプライドは。だからこそ、あの阪神大賞典の逸走の時も、「あれ!!終わりじゃなかったの??俺やっちゃった??」と自ら気づいて、レースに戻り、あわや勝利というところまで巻き返して、皆の度肝を抜いたんだよね。あれも君自身の意志。そして、今日は「まあ、最後だから真面目に走って俺の本当の実力を見せなくちゃ、、、やれやれ疲れているのに、、、」と思ったんだよね、きっと。

頭が良過ぎる。「俺が本気で走りゃ、疲れていてもこんなもんさ!!」と君がこのレースで人間社会に見せつけたインパクトとサラブレッドの意地は、きっと世界中で語り継がれていくことだろう。

いつも大きなG1勝利で感動した時は、まわりのホースマンすべてに労いとお祝いの言葉を述べて来た。でも君に限っては、「自分の思いのままに走り、華麗な伝説を自ら作った馬」という印象があまりにも強く、ただただ、君へのメッセージしか浮かばない。

世界のオルフェファン皆が、君の息子や娘の走りに今から思いを馳せているよ。元気でね、そして優しいパパになってね。いつまでも君を忘れないよ、ありがとう、さようならmy dearest オルフェ!!

2013年10月7日月曜日

歴史の重さと凄さを実感!!凱旋門賞2013年観戦記

 数分前に今年の凱旋門賞が終わった。大方の日本人は希望に胸を膨らませ、感動の瞬間を信じて応援していたことだろう。ある人は現地で、ある人はテレビの前で、、、。その願いは恐らく日本人の誰もが共有できるレベルにまで高まっていた。

 それ程、今年の凱旋門賞に挑戦した2頭の日本代表馬はファンに愛され、人気を集めた最高の代表馬だったと言える。日本馬のどちらが勝つかな?という疑問がかすめた人は多かっただろうけど、他国の馬にやられるとは夢にも思っていなかったと思う。それだけにこのブログを書いている今でも心は重く、本当に残念でたまらない。

 しかし、これが現実の実力の差。嫌でも完敗だったことを認めなければならない。勝ったのは地元フランスが誇るオークスをレースレコードで制しこれまでG1連勝中。無敗の3歳牝馬トレブ。「あの歴史的名牝ザルカヴァの再来か!!」と言われている地元フランスが誇る最強牝馬であり、けっして伏兵などではなく、堂々たる優勝候補の一頭でそれが日本馬と真っ向勝負しての結果だから仕方がない。

 トレヴが最後の直線、ゴールに向かってスパートを始め、オルフェやキズナとの差が3馬身程開いた時、私はすでに深いショックとともに「オルフェに追撃は無理だろう!」と直感した。なにせトレヴとオルフェの間には「5kgの斤量差」が存在する。すでにそれ程離された位置に居る軽量のトレヴを斤量5kg差でオフフェが追い越せるミラクルは起らない事を、絶望とともに認めざるを得なかった。トレヴの快走は鮮やかで、敵ながらあっぱれ!!まだ、もしオルフェの斤量がトレブと同じだったら、、、、などと未練が残るが、この斤量差は元々分かっていて勝負を挑んだこと。愚痴は言うまい。

 オルフェはフランスダービー馬アンテロのペリエ騎手の好騎乗にも悩まされ、結果はわずかに先行して2着を確保するがのがやっと。そして、今年の凱旋門賞は「フランス馬のフランス馬によるフランス馬の為のショー」という印象の中で終わった。事実優勝フランス、2着日本、3着フランス、4着日本という結果となり、日本馬は完敗。凱旋門賞を創設したフランスの地元としての意地、プライド、技術、相馬眼、調教馬の馬体作りなどの蓄積が日本より遥かに長く、素晴らしく、「凱旋門賞はフランスの聖地。フランスが世界に誇る大切な歴史文化のひとつだ。負けてなるものか、、」という地元フランス人の意地が強く胸に響いた。

 しかし、池江調教師も武豊騎手もそしてどちらの陣営の人々も、これで終わりなどとは思っていない。池江調教師の「勝つまで必ず又来ます!!」というレース直後のインタヴューでの宣言。これはすべての日本のホースマンとファンの宣言だろう。どうか来年、再来年、どんな事をしても日本馬を出走させると決意を新たにしてください。

 それにはその調教訓練にもっとも必要な環境とロンシャンの芝の重馬場コースをクリアーできる馬場づくりから開始すること。関東も関西も日本の全てのホースマンが話し合い、凱旋門賞仕様のレースコースを早急に日本に創る必要がある。シャンティイーの芝調教で、馬の体が徐徐に変わる事をまざまざと目にした人々なら、日本で同様の施設を創る必要性をひしひしと感じていることだろう。ロンシャンで走るまで馬場適正がわからないなんてナンセンス。至急JRAと相談して、まず欧州の芝仕様の施設で常時馬を訓練するところから計画を始め、そこで存分に体作りをしてから世界仕様の馬を育成するべきだ。日本馬もグローバル化すべき時はいつ?「今でしょ??」

 ともあれ、悔しい一夜は終わり。明日からは又、一年後を信じて厩舎の垣根をとり払いオールジャパンチームとして牝馬も牡馬も年齢も多彩な混成メンバーを引き連れて凱旋門賞へ。諦めぬ夢の実現を早めるために、、、。

 キズナは世界初デヴュー。それでいてかなり早く現地になじみ、イギリスダービー馬も他の欧州の実績馬もかなり後に置きざりにした。「よく頑張ったね。まだ幼い君が。異境フランスでの堂々たる振る舞い。お見事!!」4着とは言え、このおっとりとした大物サラブレッドの未来は明るく、大いに期待できるだろう。世界デヴューというからには、その夢の続きは必ず有る筈。楽しみに待っている。

 最後に敗れたとはいえ、日本馬は掲示板に2頭とも載る大健闘。大好物の人参を沢山食べさせ、休ませてから、人馬とも堂々と無事に日本に帰って来て下さい。我々ファンは両陣営のホースマンの皆様の努力、勇気、愛、心意気すべてに感謝感謝。「夢をありがとう!!又必ず見せて!!」とお願いするのみ。ひとまず今年はご苦労様、ありがとう!!そして又来年!!

2013年5月26日日曜日

絵になる男復活!!おめでとう武豊騎手&キズナ!!

 まず始めに、見事5回目のダービー制覇を果たした武豊騎手、本当におめでとう御座います。凄い末脚を繰り出して父ディープを彷彿とさせたキズナの騎乗お見事でした。長年武豊騎手のよき理解者としてどんな時も支援を続けたオーナー。ついにダービーオーナーになる夢が叶いましたね。又晴れてダービー調教師の仲間入りを果たした佐々木調教師、キズナを支えたすべてのホースマンの皆さんには、「おめでとう!!ご苦労様でした」とお伝えしたいです。

 この知らせが私の住む遠いカナダに届いたのは時差の関係で夜中の3時。それまで寝ずに待っていて本当によかった。毎年クラシックが始まり、夢のダービーが終わる頃までは、毎週末寝不足になりますが、この嬉しい知らせに眠気も吹っ飛びました。

 まあ、勿論、翌日ニュースを見たり、YouTubeでレースを見れば良いのですが、どうしても結果速報が気になってついつい夜更かし。特に今年のダービーは80回という節目で六本木ヒルズや新宿で前宣伝を展開し、話題性十分で私もワクワクしていました。

 どの馬の陣営も、ダービーという一生に一度の晴れ舞台に最高の状態で愛馬を送り出すため、一年前からプロの意地をかける。その馬の誕生から育成に関わる牧場スタッフ、厩舎スタッフ、健康管理の獣医群や装蹄師など、すべての関係ホースマンの数を数えたら、一体何人の夢と希望に包まれてダービーのゲートが開くのだろう。そして当然出走各馬の熱心なファンの夢と希望も込められる。

 私にとって今年のダービーは例年以上に胸がときめいた。理由は簡単。武豊騎手とディープインパクトのファンだからだ。だからその息子のキズナに早くから注目していた。

 武豊騎手の人生で恐らくもっとも思い出深い馬はディープインパクトだろう。現役競走馬時代、栄光と挫折を共に味わい運命を共にした相棒だ。そのディープの息子で臨むダービーは今年が初めて。それだけでもグッとくるのに、馬名が素敵な「キズナ」。東日本大震災から立ち上がるすべての日本人に「今こそ絆を大切に!!」と呼びかけ、勇気づけた言葉だ。

 これまで所有馬に一度も3文字の短い名前や日本語名をつけたことがなかったノースヒルズの前田オーナーも、「この馬で日本を元気に!!」と名付けた素晴らしい馬名。

 その名の通り、父ディープと深い絆で結ばれた武豊騎手を鞍上に、見事に父子ダービー制覇を成し遂げ大フィーバーを起こした。到底届きそうもない後方から鋭い末脚で飛んでくるキズナは正に父ディープの生まれ変わり。彼の鮮烈な走りは見る人すべてに大きな感動と元気を与え、血の素晴らしさを再確認させた。

 勿論父子、父娘でダービー制覇を果たした例は他にもある。しかし、同一騎手で父子ダービー制覇を成し遂げたのはキズナと武豊騎手のコンビが史上初。

 佐々木調教師がこれまでに最もダービーの勝利に近づいたのが、インティライミで臨んだ2005年。その時大健闘していた佐藤哲三騎手騎乗のインティライミになんと5馬身差をつけて圧勝したのがディープインパクトで佐々木陣営の夢を砕いた過去がある。
「その節は失礼しました」とユーモアを込めて佐々木調教師に謝罪し、今度はそのディープの子、キズナで恩返しした武豊騎手。

 その佐々木調教師は勝利インタヴューで「武豊騎手は日本競馬界の至宝。彼でダービーを勝てたことが本当に嬉しい!!」と満面の笑み。過去は過去、清々しいコメントで勝利騎手を讃えた言葉が印象深かった。

 久々のダービー勝利ジョッキーインヴューに登場した武豊騎手に涙はなく満面の笑み。これも5回目の貫禄か。一週前の弟、武幸四郎騎手の涙のオークス制覇に続けと「こんどは僕の番です」と堂々とダービー勝利宣言を掲げていた武豊騎手。その通りに表彰台に立った彼にはオーラと気品が漂い、一流の証を感じた。やはり彼のような華のある騎手にはまだまだ活躍して貰いたいとしみじみ思う。

 さあ、つぎなる目標は父ディープのリベンジ。この深く結ばれたオーナー、厩舎スタッフ、騎手の人間の絆とサラブレッドの血の絆をもってすれば、今度こそ、ロンシャンの舞台に日の丸の旗が上がるに違いない。ディープの遺伝子を間違いなく濃く受け継いだ息子キズナ。オーラに溢れる人馬で世界に挑戦する日を楽しみにしています。

 ところで、まだ現役ですが、次の国民栄誉賞候補は「武豊騎手」ではないでしょうか。若い頃から積極的に海外に挑戦し、日本と言う国にスポットを当てさせ、日本の競馬のステータスを国民的なスポーツにまで高めた功績は計り知れません。又現役時代は競馬サークルの枠を超え、国民的なヒーローとなり、子供にまで愛されたディープインパクト。その彼が引退後も産駒でこれほどまでに日本の国民を熱狂させ夢を与え続けている事実。今回の国民栄誉賞は「師匠と弟子」である長嶋茂雄氏と松井秀喜氏のコンビ。

 ではいっそのこと、これ程国民に夢を与え続ける「武豊騎手とディープインパクト号」をベスト相棒のセットにして国民栄誉賞を授与したら如何でしょう。柔軟な姿勢を貫く安倍政権。国民の大フィーバーは確実です。ぜひ実現を、、、、。きっとディープの血に絡む英王室のエリザベス女王も注目しますよ〜〜!!とまあ、興奮と感激の一夜を過ごし、ちょっと過激な独り言、、、、。
 

2013年4月21日日曜日

大混乱

4月18日、成田からシカゴ経由でブロモントの自宅に帰りました。この日は成田で思わぬアップグレード。Bクラスで優雅にお食事したり脚を伸ばしたりして、ラッキーでした。

しかし、しかし。シカゴに着いてからの混乱ぶりはこれまでに経験したことがない程、ひどいもの。イミグレを通過するために並んだ時間は3時間半。その間、物々しい警察官の往来。

この日シカゴ近辺は生憎の悪天候。加えてボストンマラソンの犯人像がすでに特定できていたFBIやSATは、国内の交通機関、学校、会社や幹線道路を封鎖したのみならず、ボストンの空も封鎖。

よって多くの便がキャンセルされ、空港内はどこもここも混乱で長蛇の列。トランジットの再手続きで又2時間。新たなフライトの為のセキュリティーチェックで又2時間。挙げ句の果てはゲートチェンジが2回。その度に荷物を持ってあちこちへ。

最終的に10時32分に乗れる筈の便がシカゴを出発したのは21時30分。つまり朝8時10分にシカゴに到着して約13時間もシカゴ空港で足止めされたことになります。この間、何度もう今日はカナダに帰らずにシカゴでホテルをとろうか、、、と考えたことか。其れ程疲れ果て、我が家にたどり着いた4月19日午前2時には合計無睡眠時間が30時間以上に及んでいました。

あとでニュースを読んでわかったことですが、この間、丁度ボストンではテロの犯人を追いつめて銃撃戦の真っ最中。世界的な名門校MITの校内でも警官が射殺されたり、犯人の一人も射殺されたり、大変なことになっていたのですね。

かねてよりボストンはテロの温床となりやすい一部のイスラム勢力がいるのでは、、、と懸念していた私には、「やっぱりボストンが狙われたのか、、」と改めてショック。ハーバードも至近距離だし、アメリカのというより世界のトップ頭脳が集まるこの平和な学術都市で起こったテロには言い知れぬ恐怖と怒りがこみあげて来ます。8歳の子供や無辜の観衆に何の罪があるというのでしょう。強い強いアメリカ。しかしその強さ故にかう反発と反感。どうかこれ以上世界が混乱しませんように、、、、、。

2013年3月25日月曜日

久しぶりの台湾

 一年ぶりに台湾に行ってきました。仕事で五日間滞在。しかし仕事以外にも、久しぶりに教え子と食事したり、ボスから食事に招待されたりして、アッと言う間の五日間でした。食事中の話題は勿論先日のWBCでの日台の素晴らしいゲームについて。やはり今でも語りぐさになる程、両国にとって忘れられない一戦。このゲームは単なる野球としての感動だけではなく、隣国同士の温かいふれ合いを更に深めた一戦でした。
 今回の旅行は又、孫の来年からの語学教育環境を決定する旅という目的や95歳の義母に孫を見せ、お婆ちゃん孝行をする旅でもありました。待ちこがれていた孫の来訪に(といっても4ヶ月前にも会っていますが、、、、)義母も大喜びでした。
 今回の旅行で改めて感じたことは、台湾の食べ物は本当に美味しい。果物も豊富だし、宝島と呼ばれるこの島の良さを再確認。人情も厚いし、買い物も楽しいし、嫁はすっかり台湾が気に入ったようで、今回の旅を満喫したようです。
 これからは度々長期滞在する台湾なので、息子夫婦もそれぞれの銀行口座を開いたり、幼児教育施設を見学したりして今後の準備をしていました。どうなるのか楽しみです。
 久しぶりの台湾のすべてが楽しく、思い出深い旅でしたが、ただ湿気が強く、3月だというのにその暑さだけは少々心配。夏はカナダがやはり一番。この間の孫の世話はなるべく勘弁して〜〜〜!!
 

2013年2月1日金曜日

さらば、アンカツ!!

 大好きなジョッキーの一人、アンカツ(安藤勝己騎手)の引退が報道された。中学から馬乗りとして笠松を舞台に大活躍した騎手。オグリキャップを中央に送り出した功労者でもあり、初めて地方から中央の競馬に移籍できた騎手だけあって、その騎乗ぶりは武豊騎手をして、「天才的」と言わしめる腕前。

 しかし、彼の魅力は天才的な腕前より、その飄々とした人間性にありそうだ。つまり、彼の男の美学が「ジタバタしても始まらないぞ!!」と周りの人々に思わせる。剛胆かつ華麗な騎乗ぶり。彼の手にかかれば「どうしてそんなにその馬走るの?」と他の騎手に不思議がられる程、馬が変わってみえるとか。

 引退理由は関節が固くなり、前程馬と一体になれないからだそうだ。思ったような、イメージしたようなレースができなくなったからだとか。自ら騎乗回数を減らし、半年以上前から自らの静かな幕引きを演出した。

 引退会見は勿論涙もなく、淡々と最後までアンカツカラーを通した。これが、彼一流の美学なのだろう。乗るからには一流ジョッキーのプライドにかけて、華麗に存在感豊に乗らなければならない。彼自身が一番自分に厳しい採点を下し、自らを引退に追い込んだらしい。

 その清々しく、飾らない引退会見の姿を見て私は思った。本当に残念だなあ、寂しいなあ、、、と。ただ単に上手で巧い騎手なら大勢いる。しかし、彼のように、まさにいぶし銀のような味とダンディズムを感じさせる騎手は少ないだろう。その感性の豊かさと信じられない程の自然体。これこそが、磨かれ抜いた究極の一流の証なのではないだろうか。
 
 多くの名馬が彼の手綱から生まれた。しかし、やはり2008年のダイワスカーレットとのコンビが一番印象に残る。痛快な逃げ。そして、38年ぶりの牝馬有馬記念制覇。ウオッカとの天皇賞。どれも歴史的なシーン。そして、ブエナビスタの活躍へと進んだその勇姿は今でも目に焼き付いている。

 さらば「ダービージョッキー」アンカツ!!といってもお別れはしません。なぜならば天才的な騎乗。庶民的な物言い。おっさんかと思えばスタイリッシュでダンディーなスーツ姿。意外性、親しみ易さと高いプライド。様々な魅力に溢れた貴方には、今後貴方独特の表現でレースをわかり易く、親しみやすく、ユーモアを込めて解説してほしいからです。

 ビリーブ、キンカメ、ダイワメジャー、ダイワスカーレット、ブエナビスタ、様々な名馬とともに積み上げたG122勝。短期間でのこの実績こそがアンカツの凄さを物語っています。それらの名馬もきっとファンと同じ言葉で名手アンカツの引退を惜しみながらこう言うでしょう。「数々の素晴らしい騎乗をありがとう。お元気で〜〜〜!!」と、、。