2009年7月10日金曜日

流行とまやかし

どんなものにも流行がある。それは生き物(ペット)などにも顕著に観られる。ブランド物が大好きな日本人は、犬やネコも流行のブランドものが大好きで、有り難そうな血統書がついていると、高いお金を出して買うらしい。

欧米諸国と比べて、日本のペットは異常に高い感じがする。でも、結構売れるらしい。昔、西太后という悪名高き后が、中国の王朝を支配したとき、取り巻きの宦官がこぞって可愛い愛玩犬を献上し、ご機嫌をとった。

その中でも、シーズーというペキニーズの改良種のような、面白い顔をした犬をこの西太后はこよなく愛し、当時は珍重された犬だったとか。でも彼女の没落とともにかなり虐殺されてしまったと聞く。

事程さように、目的をもって、適当に交配され、有り難そうな血統書を付けて、高く売り出されている犬、ネコなどの先祖は実に怪しい血統らしい。何代も前の記録など、実はほとんどないとか。17世紀以前のサラブレッドもしかり。

大体アラブの馬、アジアの馬、欧米の馬を適当に掛け合わせ、当時の欧州貴族の趣味的遊びとして、その骨格が形成されてきたサラブレッドの血統表。まだ、実際に多くのレースに参加し、輝かしい戦績を残した牡馬なら、17世紀初頭ぐらいからかなり信頼できる血統表があるが、繁殖牝馬ともなると、その数世代前の記録などは実はほとんどなく、誠に怪しい記録だそうだ。

そのサラブレッドづくりにも時代の流行がある。昔々は、欧州ではステイヤー(長距離を得意とする馬)が珍重され、短距離のスピード馬はあまり珍重されなかった。とくにイギリスの馬産家などには、ステイヤーこそが価値ある種牡馬であり、繁殖牝馬だった。そしてその時代がかなり長く続いた。

しかし、アメリカ競馬が盛んになり、強い中短距離馬が現れてからは、サラブレッドも段々中短距離馬がモテハヤされ、兎に角スピード感のある、速くて軽快な馬こそが素晴らしいとモテハヤされるようになってきた。

なぜこんな話題をとりあげているのかというと、皆さんはウオッカの母系の血脈をご存知だろうか。ご承知のとおり、彼女は64年ぶりに牝馬として、ダービーを勝ちその後も素晴らしい活躍をつづけ、牝馬歴代最高の賞金をかせぎ、G1を6個もとっている凄い牝馬だ。

父のタニノギムレットもダービー馬だから、彼女は素晴らしい素質を元々持っていた馬で偶然の産物ではない。

ウオッカの母系は実はステイヤーの素晴らしい血筋を重ねて重ねてつくり上げられている。谷水牧場は現在のオーナーのお父さんの時代から、素晴らしい血統を未来のために積み重ねてきた。その努力が、父娘、ダービー2代制覇という素晴らしい成果となって現れて来ているのである。

そのお手本となったのが、あるイギリスの繁殖家。多くの欧米ブリーダーが素晴らしいスピードを持つ中短距離馬を繁殖馬や種馬として求め交配させることが流行り始めた中、彼は頑固にステイヤーの血を絶やさずクロスさせ、血統の中に織り込んできた。

その結果、ステイヤー同士の交配でも、オールマイティのもの凄く強い馬が多く現れ始めたのだ。元々ステイヤーとは地力があり、長丁場を走るため、我慢強く粘り強く、そして、直線最後の戦いでは、最後の力を振り絞りスピードを上げてラストスパートもできる。

そんな名馬の血は、その後、人間の調教次第で、あらゆる距離適性の力をみせるようになって来たのだ。

ウオッカはマイル(1600メートル)が最高と言われているが、2400メートルのダービーも制した。ダイワスカーレットとの死闘を演じた昨年秋の天皇賞も2000メートルだった。ダイワスカーレットは2500メートルの有馬記念を圧倒的な力でねじ伏せた。この2頭が生み出す子供はどんな子供なのだろうか。遺伝子上、本当に楽しみである。

種牡馬の優劣ばかりが騒がれがちだが、実は繁殖牝馬の素晴らしい特徴を大いに目覚めさせるのが、名種牡馬。つまり、この世界でも繁殖牝馬の優劣こそが、大きく産駒の能力を左右する。やっぱり母馬の影響大なのである。

だからこそ、英国王室なども、優秀な繁殖牝馬を大切に大切に重ね合わせてきた。今、その王室の末裔として、日本で繁殖牝馬となっているウインドインハーヘア(ディープインパクトの母)なども実に素晴らしい王室秘蔵の牝系の血が流れている。

もともと17世紀以前は怪しい血統だったサラブレッドもイギリスやフランス、イタリア、ドイツなどの貴族、王室に大切に研究され、人間の試みによって、優れた素質をさらに高め、磨き上げられてきた。とは言え、名馬ばかりが掛け合わされてきたのかというとそうとも言えない。中には無名の馬も混じっている。

でも、ステイヤーとしての地力を備えていさえすれば、人間の調教技術で、距離適性はかなり融通が利く事を我々に身をもって示してくれたウオッカと谷水牧場の交配記録。

人間もしかりではないだろうか。まず子孫を粘り強く、我慢強く、逞しく育て上げ、その素質を全開させるよう指導し、未来に必ず花開く事を信じ、百年の計をたてる。その基礎作りこそが独自の一流のブランドをつくり上げる早道。マヤカシの紙(血統書、保証書、卒業証書、権利書)などには、誤摩化されぬ確かな目が必要な時代だ。