2011年5月30日月曜日

親父を超えた孝行息子

ドバイのリベンジを東京で!!ヴィクトワールピサがドバイで優勝してから、はや2ヶ月。世界一の騎手「デットーリ」がデボネアで日本ダービー初参戦。ドバイから応援にデボネアの馬主、モハメド殿下来日。出走馬18頭すべてがサンデーサイレンスの孫。一頭の種牡馬の孫がダービー出走を独占なんて、外国じゃあり得ない話だ。

大雨の中、昨日これらの話題満載の日本ダービーが終わった。ジョッキーや調教師にはともかく、馬にとっては一生に一度のクラシック。中でもダービーは最高の晴れ舞台だ。今年の7458頭のうち出走ができるのは僅か18頭。そして頂点に立つまでには、多くのホースマンの汗と涙が込められている。

今年ホースマンの夢の頂点に立ったのは?そう、タイトルでおわかりの「オルフェーブル」。もう皆さんにはこのタイトルの持つ意味がお分かりだろう。これには三つの意味が込められている。

最初は馬自身。次はジョッキー池添謙一騎手。最後は池江泰寿調教師。勿論、このオルフェーブルを今年のクラシック「日本ダービー」に導いた功労者は他にも沢山いる。しかし、オルフェーブルを頂点に導いたキーマンは誰かといえば、やはり、この3人であろう。いや正確には一頭と二人と言うべきか。

そしてタイトルの意味とは? 答えはまず馬から行こう。ご存知のとおり、オルフェーブルの親父は現役時代、善戦マン、いや善戦ホースと言われ親しまれたあの名馬「ステイゴールド」。

ただひたむきに走り続けて何と生涯成績は50戦7勝。今時、元気に50戦も戦える丈夫な馬は少なく、すぐ骨折などでリタイアー。ともかく小柄ながら丈夫な馬だった。

でもでも、この親父は戦っても戦ってもG1のタイトルには届かず、良くて2着どまり。惜しいところで勝利に手が届かなかった。だからついたあだ名が「シルバーコレクター」つまりステイ「ゴールド」じゃなく、シルバーだろ??と陰口をたたかれながらも懸命に走り続けた。

しかし、そんな地味な馬が引退まぎわにどえらいこともやったのだ。モハメド殿下はオルフェーブルのダービー制覇を目の当たりにして、親父ステイゴールドの名前をまざまざと思い出されたかもしれない。当時ドバイのG2だったシーマクラシックで派手に優勝したのだ。そして、最後のG1チャンス、香港ヴァーズで見事に名前通りの「ゴールド」を取って自身の引退の花道を飾った。2001年のことだった。

その勝ち方も又超インパクトが強かった。つまり、ゴール直前で絶望的な後方から羽が生えたように跳んできたのである。武豊騎手もびっくりした、その鮮烈な走りは今でもファンの間で語りぐさとなっている。外国に出ると異常な闘志で牙をむく、気骨をみせた親父だった。

しかし、息子のオルフェーブルはもっと凄い。親父が7歳でやっと手にした「ゴールド」を3歳クラシックの第一関門「皐月賞」でやすやすと(?)手に入れたのだ。まさに馬が喋れるなら「親父、やったぜ!!」と叫んだことだろう。そして昨日、ホースマンの夢のダービーで又又「ゴールド」をとってみせたのだ。

昨年、フランスの凱旋門賞で2着に健闘したナカヤマフェスタ、今年のダービーに参加したナカヤマナイトなどの子宝を含め、ステイゴールドの種牡馬としての注目を大いに高めたオルフェーブルは孝行息子に違いない。

次に親父を超えたのはジョッキーの池添謙一騎手。いわずと知れた、2世ジョッキーの一人。親父もかつて騎手だったが夢のタイトル「ダービージョッキー」には手がとどかぬまま引退。現在調教師となっている。

しかし、昨日、その親父のリベンジを見事に息子が果たした。その孝行息子のコメントがカッコいい。「この勝利を親父に伝えたい」そして、もう一つの台詞が更にカッコいい。「テン乗り(初騎乗の馬でレースに参加すること)の騎手にだけは負けたくない」。

勿論これは世界一の騎手デットーリがデボネアに初騎乗で挑んだことを意味している。つまりデットーリ騎手に易々と日本ダービージョッキーのタイトルを渡したくないという意地のコメントだ。昨今の外国人騎手偏重の日本のホースマンへの挑戦状でもある。ダービーはどこの国でも聖域だ。その他、凱旋門賞がフランスやヨーロッパの国々の聖域なら日本ダービーは日本の聖域でもある。だから日本の騎手を代表して意地のコメントを発したのだろう。

一番人気のオルフェーブル騎乗に、かなりのプレッシャーを感じただろうことは良くわかる。そんな重圧を跳ね返し、大雨の中、泥んこになって人気に見事に答え、意地を守ったのだから、本当に素晴らしいコメントだ。

でも彼にはそう言う資格がある。栄光のゴールに導いたオルフェーブルには新馬の頃から色々と教え込み、これまですべてのレースで手綱を執って来たからだ。

いわば長く苦楽を共にしたベスト「相棒」だったのだ。振り落とされ、痛い目にもあったそうだ。そんな利かん坊をなだめすかし、ついにサラブレッドの頂点に導いた彼は確かに「親父みてくれ!!」と誇りたい気持ちで一杯だろう。本当にブラボー!!としか言い様がない。

そして、最後の親父を超えた主役は池江泰寿調教師だ。もともと、オルフェーブルの親父「ステイゴールド」は池江調教師の若き頃、親父、池江泰郎調教師の下で、大切に育んで来た馬だ。

池江泰郎調教師は今年の2月末、70歳の定年を迎えたことは皆さんご存知だろう。彼の悲願であったダービー制覇は2005年、あの名馬中の名馬、ディープインパクトによって叶えられたが、その時すでに64歳。しかし、息子、池江泰寿調教師はまだ42歳でこの偉業をやってのけた。単なる栄光のみならず、彼は日本の最年少ダービートレーナーとなり、史上二組目の親子ダービートレーナーともなった。これも又、「親父やったぜ!!」と大いに誇りたい記録だろう。

しかし、しかしである。オルフェーブルの親父、ステイゴールドも、祖父(母馬の父)メジロマックイーンも池江泰郎調教師が丹精込めて育て上げ、名馬にした歴史がある。その親父の下で、息子池江泰寿調教師は磨かれた。だから今回、半分は親父に贈る勲章だろう。

記念撮影で、池江ブランドともよべるステイゴールドとメジロマックイーンの血を引いたオルフェーブルと、その彼を頂点まで導いた息子を見る誇らしそうな親父、池江泰郎調教師の姿が印象的だった。なんだか自分の時より嬉しそう。Vサインなんかだしちゃって。ああ違う!!Vサインじゃなくて、これはオルフェーブルがクラシックニ冠を達成した意味か。もしこの秋、オルフェーブルが菊花賞も制覇すれば、それこそ史上初のクラシック三冠、親子制覇となり、もの凄い快挙だ。こんな夢とロマンを親父に与えられる孝行息子もそう居まい。

こうして、又、数々の忘れられぬ思い出と、夢とロマンを残して今年のダービーも幕を閉じた。オルフェーブルに関わった全ての皆さん!!まだ興奮さめやらぬ心地でしょう。本当に本当におめでとう!!又秋に向けてスタートですね。

ホースマンの夢を見事に語った世界的なお二人のコメントを紹介し、今日は終わりにしましょう。最初はデットーリ騎手。「又秋のジャパンカップに必ず来ます。デボネアで参加したい。日本ダービーはジャパンカップと同じ、素晴らしいレースだ!!感動しました」。最後にモハメド殿下。「私は競馬が何たるか知っています。勝つことを夢見るのが競馬です。まだまだ夢は続きます。又、来年も日本ダービーに参加したい!!」

さすが、誰もが認める世界のホースマンのリーダー。味わい深いコメントですね。世界最強軍団、「ゴドルフィン」を率いる手強い二人の主役が本気モードの再挑戦宣言です。闘志満々、やる気満々のリベンジプランですぞ!!日本のホースマンの皆さん!!又今日から堂々と受けて立つ準備おさおさ怠りなく!!

2011年5月13日金曜日

カナダから初夏のたより

つい先日、家の向かいにあるスキー場のライトが消えました。そして家の前にゴルファーの姿がちらほらし始めたとおもったら、すでに日差しは初夏です。

例年、花入れは5月下旬でないと始められなかったのですが、今年はすでにサンルームから冬を越したすべての鉢植えや花々が庭に出され、あるものは大鉢に植え替えられました。

雪の少なさ、冬の短さ、春を飛び越え初夏に入る早さが年々感じられ、確かに地球温暖化は人類の生活に色々な変化をもたらしていることを実感する今日この頃です。

すでに初物のアスパラガスの収穫も終え、サラダにして食べました。本当に自家製、とりたてならではの甘くてみずみずしいアスパラの味は格別です。これから10月中旬まで、色々な野菜が庭からとれます。

果物の木も、すもも、なしの花が咲き、もうすぐブルーベリーやラズベリーの花々も咲き始めるでしょう。今まさにシバザクラの花々が家の淵を飾り、目にも鮮やかなピンクです。

これから、シャクヤク、ボタン、ゆり、バラなどなど、まだまだ名前も知らぬ沢山の綺麗な花々が次々に開花し、目を楽しませてくれます。そこここから聞こえてくる芝刈り機の気だるい音。草刈り機のちょっと煩い音などが夏のご近所の風物詩でしょうか。

緑の木々、花々の逞しさには毎年圧倒され、人間の小ささを思い知らされますが、同時に目に飛び込む新緑の鮮やかさ、花々の美しさには本当に心が癒されます。

この大自然の素晴らしさが少しでも日本の皆さんの心にも届き、楽しんでいただける初夏でありますように、、、、。

2011年5月2日月曜日

旅の楽しみ

今年のゴールデンウイークもはや半ば、今、私は我が家恒例のゴールデンウイーク家族旅行の真っ最中。今年はやはり、サラブレッドの旅となりました。ニューヨークのベルモントパークで今年最初の週末レースを。そして、その後、あのゲーリークーパーとイングリッドバーグマンの名作、サラトガ本線で有名な、サラトガスプリングスへ。

まもなく、クラシック3冠目のベルモントステークスを迎えるベルモントパークですが、昨日は今年初の週末レース開始。重賞ではないので、ゆっくりと指定席に座って眩しい緑のターフを満喫しました。さすが、伝統のベルモントパーク、素晴らしいコースですね。

ここで、あのセクレタリアトもゼニヤッタも颯爽と走ったんだ、、、、と思いながら、感慨にふけっていました。ちなみに、レース紹介のブックレットの表紙もやはり、セクレタリアト。ベルモントステークスをぶっちぎりのレースレコードで走り抜け、見事に3冠馬に輝き、牧場の経営危機を救ったヒーローは、単なる牧場主のヒーローではなく、アメリカンドリームの象徴なんですね。

サラトガスプリングスのお土産ショップでも、セクレタリアトとゼニヤッタのグッズが圧倒的に多く、私も一枚シャツを買いました。夏にはとても観光客の人気が高く、すぐ売り切れになって、追加オーダーをするとか。ディズニー映画で最近放映されましたが、やはり、セクレタリアトはヒーロー中のヒーローなんですね。

アメリカのホースマン憧れの殿堂である「サラトガホースレースミュージアム」の中庭の銅像もセクレタリアト。見事な躍動感のある銅像です。

この殿堂で思いがけない写真と記事にぶつかりました。それは海外のビッグレース紹介のコーナー。2〜3カ国しか紹介されていない中になんと、日本のスペシャルウイークが武豊騎手を背にJCを制覇した時の大きなパネルが、、、、。1999年、JCを優勝した馬として武豊騎手の名前とともに紹介されていました。

いうまでもなく、最近は外国で騒がれているヴエナビスタの父。力がある馬であることが評価されていて、とても嬉しく感じました。勿論、サンデーサイレンスのブロンズ版の紹介もあり、いずれ、ディープインパクトの子孫も殿堂入りできたらいいのに、、、、とちょっぴり夢をみました。

脈々と流れるサラブレッドの血。サラトガの殿堂は日本の東京競馬場の殿堂の十倍ぐらいの広さ。世界のホースマンの憧れの地でしょう。ここで、3冠馬の歴史や色々なことを学び、楽しいひと時を過ごしました。

これまでに多くの名馬が殿堂入りしており、調教師、ジョッキーなど、ここに名を連ねる事ができれば最高の名誉とされている博物館だけに、武豊騎手も唯一の日本人騎手として名を列ねられて、光栄なことですね。

近所にある、サラトガ競馬場は、かつてアメリカ遠征中に武豊騎手も手綱をとったことがある、アメリカ最古の競馬場。ここでは、「真夏のダービー」と呼ばれるトラヴァーズステークスなどが開かれる頃は、観光客で満員で、レースに音楽に、ヴァカンスで訪れ、夏を過ごす人で大にぎわいだそうです。又、真夏に帰ってきたくなりました。


息子のアッシー君も恒例で、ニューヨークまで8時間以上のドライヴ。サラトガスプリングスはモントリオール郊外にむかって3時間半程のところで、丁度、我が家とニューヨークの中間地点ぐらいとなります。

昨日、今日と外で日差しを浴びながら、伝統のベルモントパークでレースを楽しみ、サラトガスプリングスでも馬車レースのような楽しいレースを屋外で楽しんだのはいいのですが、なんだか、ホテルにもどったら、顔がぴりぴりする程知らぬ間に、日焼けしてしまいました。

ここでは家族づれ、恋人連れ、本当にのどかで平和な世界が目の前にひろがり、別世界の様子。明日は3日目で飲める温泉(体に良いとか、、、)の名所を訪れ、帰途につきます。ホテルの温泉スパで暫し疲れを休め、なんだか元気一杯。久しぶりにブログを更新しました。

さて、来年はどんなテーマで出かけようか、、、、と今から楽しみが広がります。