2009年5月10日日曜日

思いがけない訪問

5月1日、私は自分でも未だに信じられないところに居た。「音楽の旅」と名付けた今年のナッシュビルとメンフィスへの親子旅の始まりは、4月28日からだった。夜、ホテルに落ち着き、「さて、明日はなにを??」と親子で協議を始めた。

取りあえず、4月29日の午前中は付近のスーパーへ食料の買い出しに行くことにした。我々の旅のスタイルは、目玉となる、予約が必要なもののみ、出発前に予約し、空いた時間を現地で、体調と睨み合わせながらスケジュールを埋めていく。

この旅で出発前にすでに予約ずみだったのは、メンフィスのグレースランド(エルビスプレスリーの家)の入場券(プラチナ)、ナッシュビルの観光ツアー(約3時間)、そして、カントリーミュージック最大のショーと言われているグランドオールオプリー鑑賞(約3時間)の切符のみ。

4月29日の午後はナッシュビル観光ツアーに出かけた。そして、夜は、臨時に白血病チャリティーライブショーというのが、ネットで探せたので問い合わせ、残り座席がわずかというのですぐに出かけることにした。そこで、夕食を楽しみながら10人ほどのカントリミュージックスターの歌声を楽しんだ。

しかし、標題の「思いがけない訪問」というのは、このライブショーのことではない。このショーの情報をネットで検索しているとき、偶然息子が、「あれ!!なんだかもうすぐケンタッキーダービーがこの近くで開かれるんだってさ!!」と屈託のない声で言ったことが始まりだった。

「エッ!!なに!!」とすぐ反応した私に、あまり馬のことには興味のない息子が、のんびりと、「いやあ!!ケンタッキーダービーが5月2日に開かれるらしいよ。この近くでさ!!」と答えた。

そういえば、空港から借りたレンタカーで、高速を走っているとき、ルイビル、ルイビルという看板がやたらと目に付き、ぼんやりと「ルイビルって、なんだか超聞き慣れた名前だなあ?!」とぼんやり記憶をたどっていたところだった。

「そうだ!!ルイビルって、かの有名なケンタッキーダービー、オークスが開かれる、アメリカで最も由緒あるチャーチルダウンズ競馬場があるところだ!!」と記憶が繋がった瞬間、親子の息はぴったり。「近いよ!!多分メンフィスより。行きたい??」と訊く息子。

すでに、心ここにあらず。そわそわと、「勿論、行きたい!!でも4月30日にメンフィスのグレースランド往復8時間の運転。その翌日にケンタッキーまで往復5時間以上の運転、大丈夫??」と一応母親らしく体を気遣う私。しかし、勿論すでに、行動に向け直ちに計画開始。

4月30日、ナッシュビルからメンフィス、グレースランドへの旅は朝4時起き、5時出発で、8時(夜)帰りの強行軍。直ちに夕食にレストランへ。エルビスプレスリーの音楽と博物館を大いに楽しんだばかりの我々は、超ハイになりながら、夜9時過ぎまで、賑やかに食事。

その後、ホテルにもどり、いそいそと翌日のサンドイッチの材料や車にのせるものの準備などをし、入浴して早寝。車で長距離移動中は、いつも後ろの座席で、朝食のサンドイッチを作り食料や飲み物を提供するのが私の仕事。

翌日はどんよりした曇り空で、ナッシュビルは雨がぱらついて居たが、ケンタッキーは暑くもなく、寒くもなく、日差しもまあまあのレース観戦には最高のお天気。その日はダービー前日のオークスを開催中。

競馬場に近づくにつれ、本当に驚いた。付近の家と言う家の前に大勢の人々がうろうろと、値段が書かれたプラカードを掲げ、立っている。「何だろう??」と思ったら、自宅の前庭を臨時駐車場にして、出来る限りたくさん車を止めさせ、商売をしているのだ。

駐車料金は10ドルからはじまり、競馬場に近づくにつれ段々高くなり、最後はついに35ドルまで上った。「今日はオークスだから、この値段。明日はダービーだから、今から予約すれば、50ドルにしてあげる」と堂々と地元のポリスの前で交渉している。だから地元警察も公認の行為なんだろう。

我々は、まずその35ドルの私設駐車場に車をとめ、5分程離れたチャーチルダウンズ競馬場の正門を目指した。人が多くて、なかなか前に進めない。上空はヘリやジェットが飛び交い、宣伝のバルーンが上がり、白馬に騎乗した、格好いいお巡りさんが、巡回していて、すでにまわりは異様な雰囲気だ。

ともかく、「どこからこんなに人が集まってくるのだろう??」と不思議なほど、人、人、人。その人ごみをかき分け、サイレンの音も高らかにパトカーに先導された、とてつもなく長い、(普通のリムジンの倍ぐらいの長さ)もの凄い高級車が次々と止まる。

その中から、降りて来るVIPの人々のファッションに度肝を抜かれた。ド派手な映画の世界。ロングドレス、カクテルドレス、タキシード、粋な帽子。「そうだ!!今日はダービーじゃないけど、それに次ぐ牝馬最高の舞台、名誉あるケンタッキーオークスの日だ!!」と改めて、その伝統あるレースに敬意を払い、正装して訪れた人々のファッションに見とれる。

この日、来場者の中で最高のファッションに認定された人には、賞金が支払われるとか。なるほど、みんな、張り切ってお洒落をして来るわけだ。われわれは臨時に、「ともかくこの格式あるアメリカ最高の競馬場、チャーチルダウンズ競馬場を見学し、入れればオークスでも見てこよう!!」とつい2日前に決めたばかりなので、勿論、日本の振り袖もロングドレスもシャレた帽子も準備なし。

ごくごく普通の、但し、日本の誇る3冠馬、ディープインパクトの顔写真プリント入りTシャツを着用。これがせめてもの意地、、、。まあ、友人からの貰い物のTシャツを最高の形で着るチャンスに恵まれたってこと。さすが世界の最高峰、フランスの凱旋門賞に一番人気で出走したことがあるディープインパクト!!ここでも知っている人が居た。

勿論、当日に指定席など買えるわけがなく、幸い、インフィールドには入れる切符があるとのことで、そんな着飾った人々とはご縁のない、ごく庶民的な人々の集まる芝生に座って観戦。

40分おきぐらいに疾走してくる馬の足音が遠くから響いてくると、やおら立ち上がり、目の前を怒濤のごとく過ぎ去る馬群を目で追いながら、のんびりとターキーのもも肉やピザを食べながら、ビール片手に、観戦。まわりはキャンプのテントや椅子で一杯。みんなピクニック気分だ。親しみ溢れた女性達にホームメードのケーキまでご馳走になった。

息子曰く。「アメリカの超ハイソと超庶民の楽しみ方が見学できて、おおいに堪能!!」とのこと。このインフィールドには、レースは全く見ないで、歌い踊る場所もあり、『なんでわざわざここで??」と大いに疑問を抱いたが、ともかく、ケンタッキーオークスとケンタッキーダービーが開かれるこの二日間は、最大のお祭りのような特別の日らしい。

チャーチルダウンズ競馬場の1番ゲートの前には、2006年のケンタッキーダービーをデビュー以来無敗で制覇し、3歳クラシック一冠目を制覇。その後、二冠目のプリークネスステークス出走中に脚を骨折。無念の競走中止、引退となったバーバロの颯爽と疾走している銅像が建っていた。

競走中止後、バーバロの重度の骨折が発表されると、「安楽死にしないで、助けて!!」という多くの人々の祈りにも似た声がそこここから上がった。その願いに答えるべく、バーバロのオーナーはペンシルバニア大学の最高の医療スタッフに手術を依頼し、一時は、元気に歩く姿まで見せたバーバロも結局、翌年の1月に手の施しようがない程の重体に逆戻りし、ついに安楽死となってしまった。

その悲しい知らせに全米のファンと関係者が涙にくれたという秘話をニュースで読んでいた私は、1番ゲートの前に建てられたバーバロの大きな銅像を見て、いかにこの馬が多くのファンを魅了し、愛されていたかが、改めてわかった。

銅像はまだ真新しかったから、建立されて日も浅く、このチャーチルダウンズ競馬場の新名所になっているのだろう。多くのファンがその銅像の前で写真を撮っていた。勿論私も一枚。

今年のケンタッキーオークスの栄えある優勝馬はレイチェルアレクサンドラと言う馬だった。オークスも翌日のダービーもCボレル騎手が大差で2連勝した。残念ながらわれわれはオークスしか見られなかったが、翌日のケンタッキーダービー勝ち馬、マインザットバードと言う馬は51倍という大波乱を起こしたそうだ。

17番人気だったこの馬に乗ったボレル騎手がドンジリから追い上げ、6馬身以上離してゴールしたもの凄いレースだったらしい。そういえば、今年のケンタッキーダービー勝ち馬、マインザットバードの母はマインシャフトと言う馬の娘。つまり、マインザットバードはマインシャフトの孫だ。

先日来、ブログで取り上げていた、話題の超良血馬カジノドライヴの父は、マインシャフト。つまりカジノドライヴは今年のケンタッキーダービー馬の叔父に当たる。残念ながら、期待の大器、カジノドライヴはカネヒキリと同じ、馬の癌とも呼ばれる難病、屈腱炎を発症し、細胞移植手術を受けるため、長期療養生活に入ったそうだ。

ぜひぜひ、カネヒキリと同じように、奇跡の復活を果たし、その超良血馬の勇姿を見せてほしい。まあ、そのカネヒキリも屈腱炎は克服したが、最近骨折して、しばらくレースを離れるらしい。でも、この馬の癌とも呼ばれる屈腱炎を2度も克服した強い生命力と馬の頑張りにオーナーも陣営も再度期待して、復帰させるために頑張るとか。カジノドライヴにもカネヒキリに負けずに頑張ってほしい。

大種牡馬サンデーサイレンスは1989年にこのチャーチルダウンズ競馬場で名誉あるケンタッキーダービーを制した。そのとき観戦していた社台グループの創設者、吉田善哉氏はサンデーサイレンスの勇姿に感動し、魅せられた。どうしても日本にサンデーサイレンスを輸入したいという彼の熱意が実り、サンデーサイレンスは海を渡り、はるばる日本に来た。その後のサンデーサイレンスの活躍は日本のみならず世界のサラブレッドの血脈に大きな足跡を残した。

サンデーサイレンスは最後の年の自身の誕生日と同日に、英国王室ゆかりの牝馬、ウインドインハーヘアとの間に素晴らしい牡馬を誕生させた。その牡馬こそが、21年ぶりに無敗の三冠馬となり、日本中を熱狂させた、あの英雄ディープインパクト。私の大好きな馬だ。

ケンタッキー州ルイビルのチャーチルダウンズ競馬場は、この偉大なる英雄、ディープインパクトを生み出した、いわば原点とも言えるところ。「いつか一度は訪れてみたい!!」と思っていた私の憧れの場所のひとつだった。夢は思いがけない形で実現した。

息子のなにげない一言から突然生まれたチャーチルダウンズ競馬場訪問と伝統あるケンタッキーオークス観戦の楽しい一日旅行は、きっと一生忘れることはないだろう。